キャッシングコラム

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彼女のデート代、プレゼント代のためにキャッシング

デートのイメージ

これは、僕が大学を卒業して就職した後、彼女と遠距離恋愛になった時の体験談です。もちろん、恋愛の体験談ではなく、その遠距離恋愛のためにお金がかかって、銀行カードローンでお金を借りることになった…という内容の体験談です。これから似たような理由(恋愛や結婚など)でキャッシングをしようとされている方の、参考になれば幸いです。

遠距離恋愛は、お金がかかる

当たり前ですが、遠距離恋愛はお金がかかります。僕たちの場合は、自分が東京で、彼女は名古屋ということで、それほど遠かったわけではないのですが、それでもかなりお金がかかりました。彼女が広島とか九州とかだったら、もう完全にアウトだったなと思います(お金もかかりますが、時間もかかりますし)。

名古屋と東京は、夜行バスだったらそれほどかかりません。安ければ4000円未満でバスが走っています。しかし、当時は僕も彼女も就職したばかりで忙しく、夜行バスなど乗っている時間はありませんでした。大学時代はよく夜行バスに乗って、いろんな場所にデート&旅行をしに行ったんですけどね。あれは時間があったからできた贅沢だったんだなと思いました。

毎回新幹線で、往復2万円払う

そのように時間がないので、自ずとデートは「毎回新幹線」になりました。もちろん、東京の僕の方がから会いに行きます。彼女に往復2万円の新幹線代を出させるわけには行きませんからね。彼女が来た分を僕が払うというのは、彼女が気兼ねしてしまうでしょうし。

そうして、月に何度も往復していたら、それだけで毎月6万円から8万円ほどかかり、さらにデート代でレストランやホテルなどの費用もかかったので、「彼女に関する費用だけで、毎月10万円」という、とんでもない状態になってしまいました。

あっという間にお金がなくなり、キャッシング

就職したばかりの新入社員が、月に10万円もデート代を使っていたら、お金がなくなるのは当たり前です。5月にはすでに、銀行カードローンでキャッシングをしていました。

消費者金融で借りようかとも思ったのですが、僕の職場がやや金融系に近い仕事だったこともあり、念のために消費者金融は避けました。一応銀行カードローンの審査に通るだけの自信はあったし、今後のことを考えると、50万円くらい借りたかったので、できるだけ低金利な方がいいなと思ったのです。

結局30万円しか借りられませんでしたが、それでも「これで3ヶ月分のデート代にはなる」と思って、安心したのを覚えています。それと同時にこの30万円も3ヶ月で消えてしまうなら、これから先どうなるんだろうという不安も、当然感じました。

彼女が鬱だったので、行くしかなかった

正直、これだけお金がかかる生活だと、別れた方がいいのではないか?とも思いました。当時会社に同期で入った女の子でかわいい子もいましたし、その女の子が自分に好意を寄せてくれていたので、もう彼女を捨てて、その女の子と付き合おうかと思ったこともあります。

ただ、幸か不幸かその頃彼女が軽いうつ状態だったので、別れるのは心情的に難しい状態でした。そういう時、ドライに別れる人もいるのでしょうが、大学時代、僕がそういう状態だった時には、彼女の方が助けてくれたという恩もあったので…。

もし、あの時彼女が元気だったら、別れていたと思います。そして今は、もちろん別れなくてよかったと思っています。

しかし、お金の問題は何とかしないと…

彼女と別れる別れないは置いておき、お金の問題は切実でした。銀行カードローンで30万円借りても、3ヶ月しか持たないわけです。この30万円だって、毎月3600円という利息が発生するわけです。

利息の支払いがない状態でも、こうしてお金がなくて借り入れをしたわけですから、そこにさらに利息の支払いが追加されたら、もっとやばくなるということは、初めてのキャッシングでもすぐにわかりました。

(多分、これをわかっていない方が、借入超過者とか多重債務者になるのでしょう)

サラリーマンなので、お給料を増やすのは無理です。残業代もたかが知れていますし、そもそもうちの会社はサービス残業が多くて、残業代にもまったく期待できませんでした。

居酒屋などでアルバイトをすることも考えましたが、バレたらリストラされますし、そもそも「毎月10万円」を居酒屋で稼ぐというのは、サラリーマンにとっては、最初から無理なことだと思いました。

(土曜日・日曜日・祝日は彼女に会いに行くわけですし)

キャッシングをしつつ、副業を始める

とりあえずキャッシングをして何とか急場をしのぎつつ、僕は副業をすることにしました。実は僕の仕事はWEBのデザインで、就職もネット系の某大手のデザイナーというポジションでした。

なので、このスキルで副業で稼げないかと考えたわけです。しかし、当時はすでにホームページも広まっていて、制作業者がどのエリアでも乱立して、お客さんを奪い合っている状態でした。

そこで「全然、HP制作業者が手を出していないジャンルはないか…」と探した結果、少々怪しいのですが「ネットビジネスで年収1億円を目指そう」というような人々のデザインを手伝うことにしました。

今でこそ、こうした業界も多少知られるようになっていて(と言っても悪名ですが)、デザインのセンスも、悪趣味ではあるものの、技術は非常に高くなっています。

しかし、僕が入った当初は本当にひどくて、まともなWEBの大手企業でデザインをしていた人間からすると、「冗談だろ」と言うようなデザインのランディングページ(宣伝ページ)が、たくさんありました。

でも、彼らはそんなデザインなのに「稼げている」のです。僕が就職した企業は、この業界だったら誰もが知っているような会社でしたが、その僕の月収の5倍や10倍を、僕と同年代の人たちが、こんな適当なサイトで稼いでいる…。

という現実を見て、以前の僕なら腹が立ったでしょうが、この時はとにかくお金が欲しかったので、「これは行ける!」という気持ちが、真っ先に起きました。「自分がここに入れば、相当稼げる」と思ったのです。

予想通り、あっという間に大金を稼いだ

僕の予想以上に、この業界はあっさり稼ぐことができました。今ではもう無理でしょうが、当時はまだゴールドラッシュの最初の時というか、ほとんどの人がこの金脈に気づいていない…という状態だったんですね。

正直ねずみ講みたいな商売ですし、あまりいいものだとは思いません。しかし、僕の場合は現実にお金が必要でしたし、お金を稼がないことには、鬱状態の彼女を捨てることになってしまいます。「彼女を捨てるか、人間を捨てるか」と言うような選択で、僕は人間を捨てた(というと大げさですが)というだけの話です。

自分でも違和感のある稼ぎ方でしたが、別に法律には触れていないし、一人ひとりの人は、とても良い人なのです。僕と同じように切実にお金を稼がなければ行けない理由がある人もたくさんいました。

(僕が観察する限り、そういう人がやはりよく稼いでいましたね。ただ楽して稼ぎたいというだけの理由で、パチンコでもするかのように入ってきたような人は、ただの養分になって終わっていました)

半年で退職して、名古屋で起業

もう、その年のうちに、最低でも年収1000万円は稼げると確信した僕は、見切り発車で仕事をやめました。そして名古屋に引っ越して、名古屋でまずは個人事業主として起業しました(法人化するだけの貯金はなかったので。借金返済もありましたし)。

彼女は、かなり驚いていましたが、喜んでくれました。僕がそこまでしてくれたということ自体が嬉しかったのか、それ以来、精神状態もどんどん良くなっていきました。彼女がへこんでいる時も、東京の頃のように電話で話すだけではなく、直接顔を見て、体を触って話せた…というのが大きかったのだと思います。

その年のうちにはもう株式会社にして、彼女の親に仕事の説明をできるように、いわゆる「真面目なWEBの仕事」も請け負いました。アフィリエイトの仕事とは時給が全然違って世間の理解を得られる仕事は、稼げないのだなと、あらためて痛感したものです。学校はこういうことをまったく教えてくれないものですね。(別に学校のせいにするわけではないですが)

僕自身も、マルチビジネスみたいな仕事は早く卒業したいと思っていたので、こういう真面目なデザインの仕事は、まったく苦ではありませんでした。できるだけ早く、そういう方面で稼げるようになりたいと思っていました。

何はともあれ、毎月8万円の交通費がなくなったことで、デート代は月2万円くらいで十分になりました。また、僕の仕事が順調なのを見て、彼女の親も許可してくれたので、彼女も仕事をやめて、二人で会社をやるようになりました。それからは「仕事&デート」という感じで、いつも一緒にいられたので、デート代もますますかからなくなっていきました。

デート代のためのキャッシング・まとめ

以上、かなり特殊な経験ではありますが、僕のキャッシングの体験談をまとめさせていただきました。僕の場合は彼女の鬱というトラブルのおかげで借金が必要になり、代わりに起業して稼げるようになったということで、水戸黄門ではありませんが「苦あれば楽あり」だったのだと思います。

もちろん、もっと豊富な人生経験を積んでいる方からすれば、こんなのは「苦あれば楽あり」には入らないでしょう。それは自覚していますが、とりあえず「何かピンチが起きたら、それは喜ぶべきなんだな」ということは、体で実感できました。

こういう経験があるので、僕は消費者金融・銀行カードローンとかクレジットカードのような、いわゆる貸金業は、とてもいいビジネスだと思っています。特に消費者金融については、昔のサラ金時代の社会問題もあって、今でも悪いイメージを持つ人もいるかも知れませんが、僕は借金という劇薬のおかげで覚醒した人間なので、本当に感謝しています。

もちろん、会社員だった頃のデート代をまかなうことができたという点でもありがたかったですし、デカルトの「存在するものには意味がある」という言葉の通り、貸金業は、消費者金融にしても銀行カードローンにしても、なくてはならないものだから、今も存在しているのだろうと思いました。

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